見出し画像

如何に春の訪れを知るのだろう。

立春を過ぎ人間が大きな気温差を感じなくても、平らな土中からあっという間に福寿草の花が咲き沈丁花の蕾が膨らんでアジサイの新芽も大きくなってきました。枯れ木にしか見えない木々も小さな芽が日ごとに膨らむ今日この頃、猫の額ほどの庭にも春の訪れを見ます。メダカもカメも急に食欲が増してきます。

誰が何を教えなくても、各々の動物、植物は自らの天分に応じた備えをし時が来たらそれを成し遂げていきます。この人知を超えた営みを支えているものが目に見えないもの即ち神の御業というものだと思います。
そしてそこから段々遠ざかっているのが人間ではないでしょうか。

百日紅(さるすべり)の樹(鉢植えですが)に、アゲハの越冬サナギを見つけました。家には、小さい柑橘の苗木が何本かあります。これは農家にとっては害虫のアゲハのために植えてあるのです。昔住んでいた借家のプランターのパセリに沢山キアゲハが卵をつけました、。私は子供に羽化を見せてやろうとして、虫かごに割りばしを入れてサナギから孵したのですが、何が悪かったのか羽が伸びきらず飛べない蝶になってしまいました。

「巣から落ちた鳥は拾ってはいけません」でも書きましたが、天の領域に手を出すような大それたことをしたような気がして、それ以来 柑橘の樹を植えて、蝶育ては自然にお任せしています。蝶に関する知識がなかったので秋に生まれた幼虫がどうなるのか。はじめは心配したのですが、だれに教わるでもなくサナギの姿になって越冬するのです。春、充分暖かくなってから羽化していきます。

神の御業にお任せさえすれば、このような小さな羽虫でさえ力強く生きていくのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?