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日本神話(8)伊邪那岐命 黄泉国訪問

本筋に入る前に場所(空間における位置ではない)の確認です。いろいろな場所の言葉が出てきます。神の名(みな)も場所も読み方もいろいろです。読み仮名は私の解釈の読み方を選択して書いています。

  • 高天原(たああまはら)=天上界

  • 黄泉国(よもつくに)=夜見ノ国(よみのくに)
    =根堅洲国(ねのかたすくに)=根国(ねのくに)=霊の世界

  • 葦原中国(あしはらなかつくに)=人の住む現象界

大きく分けてこの3つですが、黄泉国については諸説あります。読み進めばわかりますが 黄泉国=夜見之国=夜見(闇)これらは同じだと思いますが根堅洲国=根国と前記の闇の国は分けなくてはいけないと思います。私の感じるところでは黄泉(闇)は「物質の死」を表している場所(神は物質ではありませんが)根堅洲国は「霊の鎮まる場所」というニュアンスだと思います。

さて本題の伊邪那岐命と伊邪那美命の再会と本当の最後の別れのくだりです。
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是(ここ)其(そ)の妹伊邪那美命(いざなみのみこと)に相見まく欲(おも)おして、黄泉国に追い往(い)でましき。爾(すなわ)ち殿騰戸(とのあげど)より出で向(むか)えます時に、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)語らひたまいく
「愛(うつくしき)我(あ)が那邇妹命(なにものみこと)よ、吾汝(あれみまし)との作れる国は未(いま)だ作り竟(お)えずあれば還(かへ)りまさね」と詔(の)りたまいき。爾(ここ)に伊邪那美命(いざなみのみこと)の答白(もう)したまわく、「悔しき哉(かな)、速(と)く来まさずして。吾(あ)は黃泉戸喫為(よもゆへぐいし)つ。」
然(しか)れども愛(うつくし)き我(あ)が那勢命(なせみこと)、入り来坐(きま)せる事恐(ことかしこ)ければ還(かへ)り欲(な)むを且(しばら)く黃泉神(よもつかみ)相論(あげつら)はむ。
我(あ)を莫視(なみ)たまいそ。如此白(かくもお)して、其の殿内(とのぬち)に還(かへ)入りしませる間甚久(ほどいとひさ)しくて待ち難(か)ねたまいき。故(かれ)左の御美豆良(みみづら)に刺させる湯津津間櫛(ゆつつまぐし)の男柱一箇(をばしらひとつ)取り闕(か)きて一火燭(ひとつびと)もして入り見ます時に。宇士多加礼許呂呂岐(うじたかれころろぎ)て、頭(かしら)には大雷居(おほいかづちを)り、胸(みむね)に火雷居(ほのいかづちを)り、腹には黒雷居(くろいかづちを)り、陰(みほと)には者拆雷居(さくいかづちを)り、左の手(みて)には若雷居(わかいかづちを)り、右の手(みて)に土雷居(つちいかづちを)り、左の足(みあし)に鳴雷居(なるいかづちを)り、右の足には伏雷居(ふしいかづちを)り、并(あはせ)て八雷神成(やくさのいかづちがみな)り 居(お)りき。
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伊邪那岐命はどうしても伊邪那美命に会いたくて黄泉国に出かけます。諦めようとしたけれど諦められなかったのでしょう。また一緒に国生みをしようとの申し出に伊邪那美命が応えます。「大変残念だけれど遅かった。夜見の国の食べ物を食べてしまったのでもう高天原には帰れなくなってしまった」 なぜもっと早く来てくれなかったの。ということです。「しかし黄泉神に相談してまいりますから待っていてください。そのあいだ私の姿を見てはいけません」と言い残して殿内に入ります。

どこかで聞いたようなお話です。私の姿を見てはいけませんと言われると。開けてしまう。開けてしまった後は書き下し文を読んでいただければわかる通り。書くのも憚られるほどの変わり果てた姿を見てしまいます。このお話はまだ途中です。最後のお別れの話の前段階です。

本日はここまでと致します。

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