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祝 成人の日

新成人の皆様、ご家族ご親族の皆様、おめでとうございます。
本日は成人の日です。快晴に棚引く日章旗が 『おめでたい』感をいっそう高めてくれます。
おめでたい日には皆で日章旗を掲揚すれば(昔はそうだったですが)街行く人々皆に『おめでたう』といいたい気持ちになって、街も国ももっと明るくなると思うのですが・・・

国民の祝日に関する法律によりますと成人の日の定義は
『大人になったことを自覚し自ら生抜こうとする青年を祝い励ます』
だそうです。新成人自らと、それ以外双方のことが書いてありますね。
大人の自覚って何でしょう。個人によって意見が大きく分かれるところですが、私の考えを記させていただきます。

仏教用語にも生老病死という不可避の人間の4種の苦悩があるとされていますが、これなど典型的な現代のいけない日本人的志向(仏教徒のかた申し訳ありません)だと思うのです。

この世は循環型になっていて全てが順番に巡ります。順番に巡りながら繰り返さないと進化(深化)しないからです。1度だけ、その場だけの経験や体験しか許されていなかったら、何かに気づいてもやり直しが出来ません。また、1度だけでよい、その場だけでよい、自分だけよければよい、未来を担う人のことなどどうでも良い、ということになってしまうと人類全体の心(魂)が進化しなくなってしまうのです。
だからここでいう経験とは何千年も繰り返してきた先人の経験や体験も含めてのことです。自分の人生は自分だけのものではなく気づきや反省が輪廻転生を繰り返して実は人類全体の進化につながっているということなのです。だから、循環を止めてはいけません。

経済的に結婚することが難しい。家族を持つことはリスクだという個人的な考え方がいつの間にか蔓延してしまいましたが、私たちの世代や私たちの親の世代には、貧乏人の子沢山を地でゆく家庭がたくさんありました。卑屈にならず笑顔で幸せに暮らしていた経済的には恵まれない家庭なんか沢山あったのです。

私の父は北海道の端で昭和11年生まれ、4男4女の6番目、祖父は父が幼少の時に亡くなりましたが、家族兄弟が助け合って大変だったけれど幸せに育ちまして、1人欠けましたが7人兄弟仲良くやっています。さすがに長女が100歳に近いですから、元気というわけにはいきませんが、当時はそういう家庭がある程度ありましたし、格差も今以上にあったのです。それでも誰も道を踏み外さずに幸せな大人になりました。
物質的な視点だけに立って先人の価値観を失ってはいけません。物質の富と、物質以外の富があります。私は目に見える現実の世界よりも 目に見えないものや事に真実があると思っていますし、そのような体験もしています。

新成人の皆さん、あなたの存在は今のあなたの身体だけではなく、あなたの人生は過去から紡ぐ糸の一部だということ、その糸はそんなに弱いものではなくて、縦横に繋がって強い生地になっていくことを信じて、『善意を基準にして』精いっぱい天分を発揮して世の中を自由に泳ぎ回ってください。私はそんな若者が大好きですし応援したいと思っています。多くの大人や先人(人類意識)はそう思っているのです。直接的な支援がなくてもそういった念はとても大きな力となって、きっとあなたたちに力を与えてくださるはずです。

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