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過去の事実を知らないことは恥ずかしい
2018年12月19日

熊谷に住んで40年以上経ちましたが、子供が生まれるまで知らなかったことが幾つかあります。
何でこの地に航空自衛隊があるのか、近くに御稜威ケ原(みいずがはら)という仰々しい地があるのか。
疑問に感ずることも無くただ存在を認識しているだけで過ごしていました。チコちゃんに叱られそうです。
御稜威(みいつ)とは天皇や神様のご威光と知ったのも30過ぎてでした。
私も素直なものですから戦後教育を受けて公権力に抵抗するのが正しい道などと考えていた時期があり人並みに日本人をどこかで軽蔑していたのですが、子供が出来てインターネットが普及し、正しい伝統を教えてあげなければなどと調べているうちに段々 今までの自分の生き方が恥ずかしくなったわけです。ごく近代の事実も知らないで教えてあげようなんて、とんでもないことでした。
近代史は教育でもっとも軽んじられているというより避けられていますから、自分で調べないと知らないまま歳をとってしまうのです。せめて自分の地元はどうだったのか自衛隊をきっかけに簡単に記してみます。
埼玉県内には陸軍の飛行場だけでしたが 熊谷・桶川・越谷・児玉・坂戸・狭山・高萩・所沢・豊岡・丸山と10箇所も飛行場があったのです。
関東だと60です。
・昭和10年に熊谷陸軍飛行学校ができ学校として中心的位置づけでした以後全国に分教場が開設されます。
・昭和13年10月10日皇陛下が行幸され訓練などを御覧になられたことから飛行学校長江橋英次郎陸軍中将が
この飛行場を「御稜威ケ原」と名づけます。
・昭和20年の敗戦で『アメリカ陸軍に接収』され昭和33年に返還されます(13年間アメリカだった!)
・昭和33年航空『自衛隊熊谷基地』となります。(自衛隊は住所上 拾六間で御稜威ケ原ではありません)
そして今、私は拾六間に住んでいます。歩いて自衛隊までいけますし、丸刈りの若い自衛官とよくすれ違います。
しかし、このたった70年前の簡単な歴史を知っている人がどれだけいるのでしょうか。
春には自衛隊で桜祭りがあり大勢の人でにぎわいます。お祭りでありイベントです。
今年はF-15戦闘機×2機による航過飛行 CH-47Jの展示と飛行(パイロットは女性でした)
ブルーインパルスの飛行は行われない年のほうが多いです。(一番盛り上がるのですが)
お祭りは皆楽しそうなのですが、楽しいだけじゃなくてちょっと前の人たちにも想いを寄せて欲しいと
私は思っているのです。
プロフィール
代表取締役社長: 本間 剛1964年12月生まれ
東京電子専門学校
メディカルエレクトロニクス科卒
趣味: 読書/仕事
座右の銘: 吾以外皆吾師カテゴリー
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