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在宅日記 第21回 こどもの日

皆さんお元気ですか。

今日は、こどもの日、祝日法では
「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」とあります。そう、父がない。

お母さんが命懸で産むというのは尊いことではありますが占領ど真ん中の日本(昭和23年)で定められたことと関係あるのか。などと私は思ってしまいます。

もともと、奈良時代にChinaから渡った端午の節句。つき端(はじめ)の午(馬です牛ではないです)の日と云う意味だったらしいですが午と五の音が同じだから5月5日になったとか、子供に限った日ではなかったのですが、季節の変わり目に無病息災を願う。子供の生存率が低かった昔。子供の成長を祈るのはとても大事なことだったのでしょう。

戦国時代を経てだんだん勇ましいものになっていって ひな人形と同じく上級武士の風習で男の子の日になり、その後 町人まで広がって大東亜戦後に「こどもの日」になったとか、桃の節句が祝日ではないのだから、子供の日でよいけれど、せめて父母に感謝にしましょうよ。と言いたいでところです。

私が生まれたとき祖父母とも40代前半、両親は20代、今の自分を考えるとびっくり。祖父は嬉しくて私がお腹にいる間に平屋を2階建てに改築して出産に間に合わせたと生前言っていました。12月生まれなので白黒写真は昭和40年の5月でしょう。この飾りも、祖父が買ってくれたんだろうと思います。子供の頃は、鯉のぼりが羨ましかったけれど。下町のことだから近所にも鯉のぼりを立てられる家などありませんでした。昔の写真を見ると父も母もニコニコしています。
(二人ともお陰様で生きています)

最近、5月5日に兜だけ出すようにしています。子供は娘ですが、両親祖父母のこと、先祖のことを想うために。

今、子供がいる家庭が生活が苦しいとか貧困格差だとか言って「子供のいるリスク」なんてマスコミでよく取り上げられていますが、個の増大極まるということでしょう。家族制度を破壊し家庭を分断し、個としてバラバラにすると国がまとまらなくなる。という目的にすっかり乗せられていること。気づかないといけません。

端午の節句のような風習も、だんだん薄まってやがて廃れるのでしょう。出生数も毎年最低を更新ですからね。偶然かもしれませんがオレンジ計画とは100年前のアメリカ人も、よく考えたものです。日の丸がオレンジ色に変わった。

 いつも言いますが、黄泉の比良坂で伊邪那美命が一日に千人殺すと言い、伊邪那岐命は一日に千五百の産屋を立てる(子供を産む)と返す。その心に背いているでしょう。日本が。経済が発達しても人の魂が向上しないのはなぜか、向上しているから少子化だ。という人もいるかもしれませんが、国に何かしてもらうことを望むより。もっと小さい喜びに感謝できないものか。

「親に孝養・先祖に供養」を実践すれば見えてくる。自分が幸福だったと思えば、「親の恩を子に返す」という思いも生まれるのですが物質に恵まれた現代人は、自分の幸福度のハードルが上がってしまって、昔の人が喜べたことが喜べなくなっているのです。

親のいない人もいる人も、ふた親がいないはずはない、生まれてきただけで感謝しましょう。
今日は父母に感謝しましょう。ほら電話、Web帰省。もういなければ想い祈ればよいです。

将来を担う子が幸福になれるよう導きましょう。
ハードルを上げてはいけません。どんな生活の中にも喜びや感謝がたくさんある。見方が悪いから見えないだけです。子供を自分と同じ見方の人間に育てては、子供が不幸です。なんにでも喜んで感謝できる人になったほうが幸せに生きられるでしょう。

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