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日本神話(12)伊邪那岐命 御身滌(みみそぎ)のくだり 2/4

『禍(わざわい)が清められるには手順がある』

伊邪那岐命は身に着けたものを脱ぎ捨て罪迷いを流し去ったのち、自らのお清めをされます。

今回は、次回が重要なので短めです。

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於是(ここに)「上瀬(かみつせ)は瀬速(せはや)し、下瀬(しもつせ)は瀬弱(せよわ)し」と詔(の)りごちたまひて、初めて中瀬(なかつせ)に堕(お)り迦豆伎(かづき)て滌(そそ)ぎたまふ時に、成り坐(ま)せる神の名(みな)は、八十禍津日神(やそまがつひのかみ)。次に大禍津日神(おおまがつひのかみ)。此(こ)の二神(ふたはしら)は、其(そ)の穢(きたな)き繁国(しげくに)に到りましし時の、汚垢(けがれ)に因(よ)りて成りませる神なり。次に其(そ)の禍(まが)を直さむと為(し)て成りませる神の名(みな)は、神直毗神(かむなおびのかみ)。次に大直毗神(おおなおびのかみ)。次に伊豆能賣神(いずのめのかみ)。
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清めには場所が重要です。上瀬でも下瀬でもなく中瀬で身を清めた。どこでもいいわけではないのです。物事にはそれをなすにふさわしい場所があるでしょう。中瀬での清めの時、けがれから鳴った神が二柱、それぞれ『禍』がついていますが、これは漢字の意味を考えてもよいですね。禍の読みは『わざわい・か・まが』などです。いったん悪いものが出てきます。これも出てくるところに意味がある。出てこないで消えてしまえばいいのにと思われますが、悪いものが現れてから消える(現れるから消える)のです。ですから貴方(あなた)に何か悪いことがあってもあわててはいけません。それは消えるための現れなのです。

悪いことが現れたら、神直毗(かむなおび)大直毗(おおなおび)のハタラキで良くなる始まりだと思いましょう。慌てるのは良くありません。「ああ、これは」と気づいてください。過去の業が消えて良くなっていく神のハタラキの前段階です。伊豆能賣神(いずのめのかみ)も清めの神。神だけに頼ってはいけません、自らの心も反省し、明るく清く積極的な心持で禍を払いましょう。焦ってもいけません物事が成るには時が必要です

やがてよくなる。きっとよくなる。

本日はここまでと致します。

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