私の「人生の羅針盤」

若い時は自分の立ち位置や向かうべき道が分からなくなることがありますね。私はそんなとき、先人の生き方を参考にします。今回は私の「人生の羅針盤」のお話です。

科学の発達は人間に幸せをもたらすのだろうか。人間から人間らしさを失わせる、或いは人間であることの意味さえ無くしてしまうのではないか。人生が無機的なものになってしまわないか心配です。
物理学は今後、暫く「量子力学」が研究の中心になるでしょう。

今年のノーベル物理学賞の「量子もつれ」は光の速度を超えるものは存在しないというアインシュタインの相対性理論に合致しない現象です。
この量子の「粒であり」「波(波動)」である性質は大変不思議で。2方向スピンの中間状態をもつことから0-1のトランジスタコンピュータとは別の次元の高速計算をもたらすこと。量子の「2重スリット実験」から「観測しているときと非観測状態で異なる結果を生じる」こと。(量子に意思があるかのよう) 月と地上ほど離れたところでも同時にある現象が起こる「テレポーテーション」 。大栗博司博士の説によると、この3次元の世界で起こることは全て、その外側の2次元の面に素粒子の原理で書かれているという理論(予言性)などは何れも、かつては非科学の領域であったものの解明であり、私のような非科学的な人間にとって、神秘性が失われていくような。非科学の皮が科学によってめくられていくよう少し寂しい複雑な心境になります。

やがて私の記事の幾つかも科学的な常識になるのかもしれません。その前に古典的日本人として今は神秘性をもって読んでいただけるような記事を残しておこうと思います。

潜在意識を用いた引き寄せ系などの著書や、お話は150年前のニューソートの焼き直しであることは、何度か書いてきましたが、同時に、そのニューソート(光明思想)は私の「人生の羅針盤」でもあります。

奇しくも先日、京セラ(旧京都セラミック)の稲盛和雄名誉会長が亡くなりました。稲盛先生も私からみるとニューソートを実践された人です。知っていることと実践したことは天と地ほど違います。知っているだけで実践できないのが大半でしょう。でも目指すことはできます。先人の生き方に学びせめて少しでも近づきたいものです。

私は常々明治の日本人は最強と申します。その象徴が「谷口雅春先生」と「中村天風先生」の二人です。残された著書や言葉もまた私の「人生の羅針盤」です。予め申してしておきますが、言うまでもなく「谷口雅春先生」は生長の家という宗教法人(昭和24年法人化)の教祖であり「中村天風先生」の天風会は昭和37年に財団法人化されました。私は、お2人の説は「人生哲学」という意味で尊んでいますが興された団体に関しては無縁ですし、この「始祖なき団体」は、私の敬する個人とは全くの『別物』であり関わってはいけないものという考えです。誤解がなきようお願いします。

 お二人の略歴を失礼ながら記します。

「谷口雅春先生」
1893年(明治26年)貧しく生まれ4歳で養子に出されたことで実の6人兄弟の中でただ一人大学に進むことができた。早稲田大学文学部英文科に進学したが女性問題がもとで中退。紡績会社に就職するもやはり女性問題で悩み求道のみちに進む。大本教に入信、機関誌の編集に携わるが大本教が唱えた最後の審判の日に何も起こらず。脱退。数万冊の本を読み真理を求め続ける。住吉神社に毎日参拝、瞑想の日々の中で悟る。正しい宗教の真理は一つ「万教帰一」というもの。昭和5年「生長の家」誌を自費出版。読者の中から病気が治ったなどの人が多数出て宗教法人「生長の家」を設立。「生命の実相」は発行部数1,900万、その他多数著、文字での布教。1985年(昭和60年帰霊(91歳)

「中村天風先生」
1876年(明治9年)大蔵省要職の父の下に生まれる。印刷技師の英国人夫婦により日常的に英語を身につける。16歳の時、暴力事件で退学後、国家主義者の大人物、頭山満先生に預けられ陸軍の軍事探偵として満州に赴任、偵察稼働中にシナ語を習得。日露戦争で軍事探偵として活躍生還後、肺結核に罹患。33歳で救いを求めアメリカに密航、アメリカ、フランス、ドイツで哲学に失望(答えを得られない)35歳ドイツからの帰途偶然ヨガの聖人カリアッパと出会いヒマラヤへ2年の修行を経て悟る。(日本人初のヨガ直伝者となる)帰国後、錚々たる人々(皇室含)に対して講義を行う。1962年(昭和37年)「財団法人天風会」となり1968年(昭和43年)帰霊(92歳)

このお二人の接点についての書物は見当たりません。ただし、私は数々の書物に触れましたがお二人のお説は大変似ています。谷口雅春先生はニューソートの訳著もあり、自らニューソートを光明思想と名付け提唱されていますので真にニューソートの人です。そのお説と共通点の多い中村天風先生もまたニューソートの人だと思います。

そしてまた、別々に松下幸之助氏と稲盛和雄氏には各先生と接点があります。松下幸之助氏は松下電器産業の社員に生長の家の講師を読んで公演を行い共鳴したこと。稲盛和雄氏も少年時に肺浸潤にかかった時、谷口雅春先生の「生命の実相」を読んで衝撃を受け自分の考え方の基盤になったと語っています。松下氏、稲盛氏共に中村天風先生に深く共鳴されたということです。ということは少なくてもこの方たちは昔ニューソートと呼ばれた光明思想家であり、それを実践した方々です。それぞれに多くの門下と立派な法人を立ち上げた各界の神様です。

そのお説を私の文章力で、この少ない文字数で語るのは畏れ多い事ですが皆さんに知っていただきたいという意味でホンのさわりを書きますが、何しろ昭和の初期の文章からのものですから理解できなくて当然です。むしろを理解どころか逆に話を難しくするだけかもしれません。しかし敢えて書きます。

まず根本部分で当時はエーテルと言われていたものは「量子」なのではないかと思ったのが書こうと思ったきっかけで潜在意識が量子によって人類意識や宇宙意識(こちらは適当な言葉がない)と繋がっているのではないかと量子力学の話を聞けば聞くほど思えるようになりました。

中村天風先生は「肉体も心でさえも自分ではない」「本当の自分はエーテル(仮想物質)で肉体を取り巻いているが見えない。」と仰います。谷口雅春先生の場合「肉体はない」「心もない」「あるのは実相だけだ」となります。これを説明するのに恐らく20ページくらいはかかるでしょう。しかもそれ本当に私が理解しているかという問題があります。多くの人の場合、私も含みますが。知っているのと潜在意識(後で出てきます)に入っているのでは全く異なります。顕在意識(天風先生は実在意識と言っていますが)では知っていても潜在意識に入らないと役に立ちません。知っていても実行できない、しかも潜在意識で実行できなければ全く無意味なのです。

潜在意識とは人間の意識の中の95%を占める自分でコントロールできない意識。私たちが使えるのは氷山のように水上に出ている5%の顕在意識だけです。この顕在意識を使って潜在意識に刻み込んだ事柄は宇宙の意識とつながっていてやがてその自分の刻んだプログラム通りに自分の運命を導くのです。(このプロセスがやがて量子力学で説明されるでしょう)

自己啓発本の多くに書いてあります。そしてそのためにはイメージを写真のように描くのだと。イメージとは画像です。言葉や文字ではありません。画像のイメージは潜在意識に刻み込まれやすいのです。繰り返し繰り返し現在意識を使ってイメージを描く。それが習慣になってしまうとやがて潜在意識に刻まれて宇宙意識に通じその想ったことが実現するようにあらゆるステージが動き出す。自分の知らないところでも舞台が整っていくのです。引き寄せの法則や成功の法則など自己啓発本に書いてあることは間違ってはいません。しかしこれは希望実現という少しハードルの高い意識の使い方かもしれません。私たちの生活においては、そういったことよりも注意しなくてはいけないことを考えたほうが良いと思います。なぜなら、これを逆に使ってしまっている人が多いからです。自分の未来のイメージを常に負のほうに向けたらどうなるかということです。当然ですがその方向に運命は引きずられていきます。よりよくないものが実現する方向に潜在意識が完成してしまうのです。

私は中村天風先生の言葉を引用して若くして挫折してしまった人に申し上げたいことがあります。あなたの体も心も、あなたのものではなく地球上で生きていくために与えられた借りものです。その借りものを自分だと思ってしまったところに誤りがあります。借り物の調子が悪くても、借り物が弱音を吐いても、それはあなた自身ではありません。あなたの本質はあなたの借り物の周りにいて、その借りものを使って地上に何かの目的を果たすために生まれてきました。そこで挫けてはいけません。

借り物に本物が負けるはずがありません。あなたの本質はあなたの意思です。意志の力は借り物の心の力より強いのです。その意志の力を渙発し、あなたの心と身体を使いましょう。逆に使われてはいけないのです。これを知っても実践するのは難しいと思ったら。それはもう負けています。意志の力が一番強いのです。私が言っているのではないです。日本の聖人と呼べる人たちが同じことを言っています。とすればこれは眞實です。

もう一度書きます。書ききれないほどある宿命の科学、哲学のうち、両先生が使えといっているのが【言葉の力】と【信念(意思)】です。天風先生は意志の力だけは本当の自分から出る。だから強固な意志の力によって心を動かす。結果的に体も動く。宿命さえ動く。ということになると言っています。

絶対に必要な条件は「明るく」「建設的である」ことです。稲盛和雄氏が道を決める時の自分に問う条件は「動機は善なりや」「私心なかりしか」の2点 良心に悖(もと)る行動は潜在意識がそれを認めないので成功しません。逆に言いますと「動機が善で私心がなく明るく建設的な全人類のためになる仕事」を具体的に意志の力で強力に心に刻印(支配)し続ければ必ず実現するということです。

今の日本の社長っていうと皆さんには、どんな人が思い浮かびますか。恐らく手を泥や油で汚して研究開発を繰り返しモノになるかならないかわからないのに探求を続けて、失敗しながら成り上がる。なんていう人は浮かばないと思います。もう日本の大企業経営者で、そんな非効率で格好悪い人は出てこないでしょう。今、日本で成功している経営者は人や他の企業を使うのがうまい人ばかりです。

所謂(いわゆる)モノづくりを成功させた技術者で大起業家になるという効率の悪いことは現代以降考えられなくなるのではないでしょうか。松下幸之助氏も稲盛和夫氏も経営の神様といわれましたが会社を興した当時は一開発者です。シャープの早川徳次氏もホンダの本田宗一郎氏も皆モノづくりの人。時代がそうだったといえばそれまでです。ただ皆に共通しているのはモノと同時に人も作り「人間とは何か。人生とは何かを同時に考えていた」という点です。「何度失敗しても諦めなかった結果の成功」です。今の社長は労働環境の事は考えても、もっと本質的な哲学などというものを経営の軸に持っていないと思います。しかもモノづくりに直接関係ない「生きる意味とは何か」みたいなものは仕事に持ち込まないでしょう。ですから今後、ここに挙げたような経営者はもう出てこないと思います。それも時代なのでしょう。

科学によって人生の仕組みが解明されたら人類全体が幸せになるでしょうか。求めるものが効率よく手に入れば生きることに意味を持たせることができるのでしょうか。人生の羅針盤も無意味になってしまうのでしょうか。そんなことはないと信じます。

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