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一期一会

工場のリノベーションで植栽をだいぶ削ったので、緑地に木を植えようと考えています。寄居町のすぐ隣は2006年まで同じ大里郡の花園町でした。市町村合併で深谷市になりましたがインターチェンジや駅の名前で残っています。花園という地名も良いですが、名のとおり花卉や造園業が盛んです。花園を通るときいつも頭に一人のおじさんが浮かびます。今回も木を植えようと思ったとき一番に花園のその人のところに伺いました。

どこかに書いたかと思いますが、私の社会人のスタートはディーラーの車売り、開拓課という引継ぎのない完全飛び込み営業の個人商店のような仕事でした。このおじさんは造園屋さんで共通の客先で知り合いました。どう見てもぶっきらぼうで言葉使いも荒く私はいつもオメエと呼ばれていました。私はそんな紅顔の美少年20才でした。この造園屋さんなりにかわいがってもらって、とんでもない値引きでトラックを何台か買って貰いましたが、家に行くといつも帰りが夜中です。こちらは判子を押してもらうまで帰らない。あちらは金額が合うまで押さない。とにかく毎度時間がかかる商談。

あれからもう35年近くになります。途中20年ほど前に実家の庭を直してもらったことがあり、それからご無沙汰していました。インターホンを押すと30代の体系の良く似た男性が出てきました。(あのときの赤ちゃんがこんなに立派になったんだな)と、今度はこっちがおじさんです。「お父さんはいますか?」とお聞きしましたが「3年前に死にました」というお返事でした。このことが ブログに書くほどショックだったのです。また一人、若い頃の私を知ってくれている人がいなくなっていたこと。寄居に移転したら時々寄って話をしようと思っていたのに。ただ昔の知人が死んでいたって言うだけのことですけれど。ガクッときました。とうとう、その人の笑顔1回も見たことなかったな。庭木の相談できると思っていたのに。これからは笑って話ができるかもと思っていたのに。

『人とは次にいつ会えるかわからない。縁薄い付き合いの浅い人であっても会っている今を大切にしましょう』

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